⚜️ ART DECO — 装飾とイラストレーション
エルテ
— アール・デコのイラストの父
Erté — Romain de Tirtoff
エルテ(1892-1990)の作品は著作権保護下にあります。
本記事では文章と分析でその美学を解説します。
主要作品はメトロポリタン美術館(NY)・LACMA(ロサンゼルス)・各国の装飾美術館でご覧いただけます。
細い線、長い首、幾何学的なドレープ。雑誌の表紙から舞台の幕までを同じ美学で塗り変えた97歳の画家。アール・デコは、彼の絵がなければここまで美しくならなかった。
ロシア貴族の少年が「R.T.」と名乗った理由
エルテ(Erté, 1892-1990)の本名はロマン・ペトロヴィッチ・ド・ティルトフ(Romain Petrovich de Tirtoff)。1892年、サンクトペテルブルクの貴族・軍人の家に生まれた。父はロシア帝国海軍の提督で、息子に軍人の道を継がせたかった。
ロマンは17歳でパリに渡り、ファッションの世界に飛び込んだ。家名を背負って失敗するのを避けるため、本名のイニシャル「R.T.」をフランス語読みした「エル・テー(Erté)」を芸名とした。これが20世紀のイラストレーションを変える名前になる。
1913年、伝説的デザイナーポール・ポワレのもとでファッションデザインを学び、わずか21歳で独立。コルセットを解放し、新しい女性のシルエットを発明していた時代のパリで、エルテはその新しい身体に着せる衣装を絵として描いた。
Harper's Bazaar 22年・240枚の表紙
エルテの最大の仕事は、アメリカのファッション誌『Harper's Bazaar』との22年にわたる契約だ。1915年から1937年まで、240枚以上の表紙を描いた。これは一人の画家が単一の雑誌で残した表紙イラストの数として、20世紀最大級の記録だ。
毎月の表紙イラストには、エルテの美学が結晶している:
- 長身・長首・小頭の女性:8〜10頭身の引き伸ばされた女性像。現実の人体ではなく、装飾としての女性のシンボル
- 幾何学的なドレープ:布の流れを直線とアーチで構成する。レンピッカの幾何学的人体とは別方向の幾何学
- 背景の同心円・放射状装飾:人物を装飾文様で囲み、画面全体を一つの宝飾品にする
- 金・銀の輝き:エルテはグアッシュに金属箔を組み合わせる技法を多用し、印刷を超えた質感を作った
- 動物との共演:豹・ボルゾイ・孔雀など、女性と異種混淆する動物。Symphony in Black の長い犬はその象徴
この時代のアメリカ女性が「自分はこうあるべきだ」と思った像の多くは、エルテが毎月Harper's Bazaarで提示した像だった。アール・デコのファッション・アイコンの大部分はエルテが作ったと言って過言ではない。
Symphony in Black(1920年代)
エルテの代表作として最もよく引用されるのが『シンフォニー・イン・ブラック(Symphony in Black)』。1920年代のグアッシュ作品で、黒のロングドレスを纏った極端に細長い女性が、同じく細長い黒の犬(ボルゾイ)を従えて立つ姿が描かれている。
この作品の構造は強烈だ。背景は完全な白、人物は完全な黒——色彩はゼロに削ぎ落とされている。それでもこの絵が「豊か」に見えるのは、装飾文様の精緻さと身体の引き伸ばし方の絶妙さによる。
装飾を増やすことで豊かさを表現するのではなく、装飾を引き算しても残るシルエットの強さでアール・デコの美学を見せた。ブラックとホワイトの2色だけで、これだけ「贅沢に見える」絵を描けた画家は他にいない。
この作品は今もファッション・ブランドの広告ビジュアル、ティファニーやカルティエの装飾デザインの参照源として引用され続けている。
舞台衣装・映画衣装の仕事
エルテはイラストレーターであると同時に、舞台衣装・装置デザイナーでもあった。彼が手がけた主な仕事:
- フォリー・ベルジェール(パリ)の衣装多数
- ジーグフェルド・フォリーズ(1923年、ニューヨーク・ブロードウェイの大型レビュー)の衣装
- サイレント映画『ベン・ハー』(1925年、MGM・フレッド・ニブロ監督)の衣装
- パリ・オペラ座・モンテカルロ・オペラ座などの舞台美術
2次元のイラストで設計した美学を、3次元の舞台に移し替える仕事を彼は長年続けた。「描かれた装飾」と「身体に着る装飾」の境界線を行き来できる稀有な作家だった。
97年の人生——アール・デコ復活の証人
エルテは20世紀の大部分を生きた。1892年帝政ロシア生まれ、1990年パリ没。第一次大戦・ロシア革命・第二次大戦・冷戦・ベルリンの壁崩壊までを見届けた。
第二次大戦後、アール・デコは「古い」とされてエルテの仕事も忘れられていた。しかし1960〜70年代、アール・デコのリバイバルとともに彼の作品は再発見される。1976年、ニューヨークのグロソン・ギャラリーが大規模な個展を開催し、エルテは80代で第二の名声を得た。
晩年は連作リトグラフ(『アルファベット』『季節』など)を制作し、世界中のコレクターに販売した。1990年4月、98歳の誕生日を前にパリで死去。最期まで現役の作家だった。
エルテを観るために
ESSENTIAL FACTS
- 作家エルテ(Erté, 本名 Romain Petrovich de Tirtoff, 1892-1990)
- 主要技法グアッシュ・水彩・リトグラフ・舞台衣装デザイン
- 代表作Symphony in Black(1920s)・Harper's Bazaar 表紙 240枚超(1915-1937)・アルファベット連作(1970s)
- 主要所蔵メトロポリタン美術館(NY)・LACMA(ロサンゼルス)・装飾美術館(パリ)・グロソン・ギャラリー旧蔵作品多数
- 著作権遺産管財団管理(パブリックドメインではない・没後70年で2060年まで保護)
鑑賞のチェックポイント
エルテの絵は「装飾の足し算」ではなく「引き算で残る強さ」で読み解くと面白い。Symphony in Black や Harper's Bazaar の表紙を観るとき、次の3点に注目すると、彼がどうやって2色や細い線だけで「贅沢さ」を成立させているかが見えてくる。
- 女性像のプロポーションを測る……エルテの女性は8〜10頭身に引き伸ばされ、長身・長首・小頭で描かれる。これは現実の人体ではなく「装飾としての女性のシンボル」だ。まず頭身比に目を向けると、人物が実在の女性ではなく図像として設計されていることが分かる。
- 布のドレープが直線とアーチで構成されているか確かめる……エルテは布の流れを幾何学的な直線とアーチで構成する。同時代のレンピッカが人体そのものを幾何学化したのとは別方向の幾何学だ。ドレープの「流れ」が自然な曲線か、それとも設計された直線・円弧かを見比べてほしい。
- 背景の装飾文様と引き算の効果を見る……人物は同心円や放射状の装飾文様で囲まれ、画面全体が一つの宝飾品になっている。一方 Symphony in Black では背景が完全な白、人物が完全な黒と色彩がゼロまで削ぎ落とされている。「囲んで豊かにする」表紙絵と「削いでも残るシルエット」の代表作、両方を見比べると、エルテのアール・デコ美学が足し算と引き算の両極で成り立っていることが体感できる。あわせて、女性に寄り添う豹・ボルゾイ・孔雀といった動物との共演にも注目したい。
よくある質問
エルテの作品はどこで見られる?
主要な所蔵先として、メトロポリタン美術館(ニューヨーク)、LACMA(ロサンゼルス)、装飾美術館(パリ)などが挙げられます。エルテ(1892-1990)の作品は著作権保護下にあり、本記事では文章と分析でその美学を解説しています。
エルテの代表作 Symphony in Black には何が描かれている?
1920年代のグアッシュ作品で、黒のロングドレスを纏った極端に細長い女性が、同じく細長い黒の犬(ボルゾイ)を従えて立つ姿が描かれています。背景は完全な白、人物は完全な黒と、色彩をゼロまで削ぎ落としながら、装飾文様の精緻さとシルエットの強さで「豊かさ」を成立させた作品です。
エルテはなぜ有名?
アメリカのファッション誌『Harper's Bazaar』と22年にわたり契約し、1915年から1937年まで240枚以上の表紙を描いたことで知られます。長身・長首・小頭の女性像と幾何学的なドレープによってアール・デコのファッション・アイコンを定義し、「アール・デコのイラストの父」と呼ばれました。舞台衣装やリトグラフの連作でも活躍し、97年の生涯の晩年にアール・デコ・リバイバルで再評価されました。
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