⚜️ ART DECO — 機械時代の建築美
クライスラービル
— アール・デコの頂点と摩天楼競争
クライスラービル(マンハッタン)、1932年1月19日サミュエル・ゴッチョ撮影。Wikimedia Commons ・米国議会図書館 Gottscho-Schleisner Collection ・パブリックドメイン
ステンレスの王冠が空に放つ放射状の輝き。1930年、ニューヨークの夜空にアール・デコの最高傑作が完成した。秘密に組み立てられたスパイヤは、90分で建築史を書き換えた。
1930年 — 摩天楼への執念が生んだ319メートル
クライスラービル(Chrysler Building)は1930年5月27日完成、設計者はウィリアム・ヴァン・アレン(William Van Alen, 1883-1954)。高さ319メートル(1,046フィート)で、完成時点で世界一の超高層建築物——同時に世界で初めて1,000フィート(305m)を超えた建築物となった。
1920年代後半のマンハッタンは「Race into the Sky(摩天楼への競争)」の時代だった。クライスラーの完成1ヶ月後、エンパイアステートビルがその記録を更新する。クライスラービルが世界一だった期間はわずか11ヶ月。だが、この11ヶ月の物語が建築史のなかで永遠に語られている。
スパイヤの秘密——90分で世界一を奪取
同じ頃、ライバル建築家H・クレイグ・セヴァランスがウォール街40番地(Bank of Manhattan Trust Building)の建設を進めていた。両者は互いの最終高度を予測し合う情報戦の真っ最中だった。
ヴァン・アレンは秘密兵器を準備していた。建物本体の最上部に隠して、長さ38メートル(125フィート)のステンレス製スパイヤを内部で組み立てておいたのだ。
1929年10月23日、ウォール街40番地が高さを公表した直後、ヴァン・アレンの指示でクライスラービル屋上の天井板が開かれ、スパイヤがクレーンで持ち上げられてわずか90分で立ち上げられた。完成高度は対戦相手を一気に追い抜き、世界一の座を奪取した。
建築の歴史でこれほどドラマチックな勝利の瞬間は、他にほとんど例がない。
装飾——アール・デコの美学が結晶した王冠
クライスラービルが今もアール・デコ建築の最高傑作とされる理由は、高さではなく装飾の意匠にある。
頂部の王冠:7重に重なる三角形のアーチが放射状に並び、各アーチに三角の窓が並んでいる。素材はニロスタ・ステンレス鋼——錆びず、輝き続けるためにわざわざクルップ社(ドイツ)から輸入した新素材だ。「上昇する朝日」「機械時代のステンドグラス」と評され、夜のライトアップで完成する。
61階の鷲:建物の四隅から8体の巨大な鷲のガーゴイルが突き出している。クライスラー社の1929年型乗用車のフードオーナメント(ボンネット先端の飾り)を模したもの。アメリカ建国のシンボル「鷲」と工業デザインを一体化させた。
31階のホイールキャップ模様:腰の部分の角にクライスラー車のハブキャップ(ホイールカバー)を擬したレリーフが配されている。建物全体がクライスラー社の自動車のディテールを建築スケールに拡大したものとして読める。
ロビーの内装:マロッコ大理石・ベルギーの黒大理石・モロッコオニキスを用い、天井には「輸送と人間の努力」を主題にした巨大壁画(エドワード・トランバル作)。32基のエレベーターのドアは、それぞれ異なる木象嵌で装飾されている。
「自動車」のための摩天楼ではなかった
名前に「クライスラー」とあるが、この建物はクライスラー社(自動車メーカー)の本社ビルではなかった。1920年代の自動車王ウォルター・クライスラー個人の不動産投資物件として建てられた。彼が言うところの「息子たちが将来責任を持って運営すべき何かを遺したかった」のだ。
クライスラー社自体は1953年までこの建物に本社を構えたが、それ以降は別の場所へ移転している。土地は教育機関クーパー・ユニオン(Cooper Union for the Advancement of Science and Art)が所有しており、建物は2019年に投資ファンドが買収して現在に至る。1976年に米国国家歴史登録財(National Historic Landmark)に指定。
「実用建築」と「彫刻建築」の境界
クライスラービルがアール・デコの頂点とされる理由は、それが「実用としての建築」と「彫刻としての建築」の境界線に立っているからだ。
建物として77階のオフィスを抱え、1日に数千人が出入りする実用空間でありながら、外観の意匠は完全に巨大なジュエリーとして設計されている。1階の床面積から最上部の王冠まで、すべての装飾が同じ機械時代の美学で統一されている。
同時代のレンピッカが絵画で実現した「機械の硬さと官能の融合」を、ヴァン・アレンは建築で実現した。1920〜30年代のアール・デコは、絵画・装飾・建築が同じ美学言語を話していた稀有な時代だ。
クライスラービルを観るために
ESSENTIAL FACTS
- 完成年1930年5月27日
- 設計者ウィリアム・ヴァン・アレン(William Van Alen, 1883-1954)
- 高さ319.0m(1,046ft)・77階
- 様式アール・デコ建築
- 所在地マンハッタン・ミッドタウン東部・405 Lexington Avenue
- 指定国家歴史登録財(1976年・National Historic Landmark)
- 著作権1930年完成のため米国建築著作権法(AWCPA・1990年12月施行)の対象外。写真撮影・掲載自由
現地で観るなら
ロビーは現在も自由に入場可(平日日中・セキュリティを通過)。展望室はないため、最上部の王冠を観るにはエンパイアステートビル展望台かTop of the Rock(ロックフェラーセンター)から眺めるのが定番。日没後のライトアップが特に美しい。
鑑賞のチェックポイント
クライスラービルを観るとき、まず意識したいのは「高さの記録」ではなく「装飾の意匠」だ。この建物がアール・デコの頂点とされる理由は、実用のオフィスビルでありながら、外観の隅々まで機械時代の美学で統一された巨大なジュエリーとして設計されている点にある。以下の3点に注目すると、ヴァン・アレンが込めた意図が立ち上がってくる。
- 頂部の王冠の輝き……7重に重なる三角形のアーチが放射状に並び、各アーチには三角の窓が連なる。素材は錆びず輝き続けるニロスタ・ステンレス鋼で、わざわざクルップ社から輸入された新素材だ。「上昇する朝日」「機械時代のステンドグラス」と評されるこの王冠は、日没後のライトアップで完成する。昼と夜では表情がまったく異なるので、できれば両方の時間帯で見比べてほしい。
- 自動車のディテールを建築に拡大した装飾……61階の四隅から突き出す8体の巨大な鷲のガーゴイルは、クライスラー社1929年型乗用車のフードオーナメントを模したもの。31階の角にはホイールキャップ(ハブキャップ)を擬したレリーフが配されている。建物全体が自動車のディテールを建築スケールへ拡大したものとして読めるので、「どこに車のモチーフが隠れているか」を探しながら見上げると面白い。
- ロビーの内装と壁画……マロッコ大理石・ベルギーの黒大理石・モロッコオニキスを用いたロビーは現在も自由に入場できる。天井には「輸送と人間の努力」を主題にした巨大壁画(エドワード・トランバル作)が広がり、32基のエレベーターのドアはそれぞれ異なる木象嵌で装飾されている。一枚ずつ意匠が違うエレベーター扉は見逃しがちなので、ぜひ近づいて細部を確かめたい。
よくある質問
クライスラービルはどこで見られる?
マンハッタン・ミッドタウン東部、405 Lexington Avenue に建っています。ロビーは現在も平日日中に自由に入場できます(セキュリティを通過)。展望室はないため、最上部の王冠を眺めるならエンパイアステートビル展望台やTop of the Rock(ロックフェラーセンター)からが定番です。
クライスラービルはなぜ有名?
1930年5月27日の完成時点で世界一の超高層建築物であり、世界で初めて1,000フィート(305m)を超えた建築物だったからです。さらに、内部で組み立てておいた38メートルのステンレス製スパイヤをわずか90分で立ち上げてライバルを出し抜いた逸話と、アール・デコ建築の最高傑作とされる装飾の意匠によって語り継がれています。
クライスラービルはクライスラー社の本社だった?
名前に「クライスラー」とありますが、自動車メーカーであるクライスラー社の本社ビルとして建てられたわけではありません。自動車王ウォルター・クライスラー個人の不動産投資物件でした。クライスラー社自体は1953年までここに本社を構え、その後は別の場所へ移転しています。
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